正欲観てきた

正欲観てきた。ネタバレありの感想。

 

 

【「正欲」の映画化について】

小説がかなり好きだけど、映画化するのはかなり驚いた。多様性を謳う薄っすらとした肌寒さや、マイノリティの暴力的な常識の押し付けとか、世界のタブーをかなりのリアリティに沿って剥きだした「正欲」が、映画という広い窓口に晒された時に世間から受け入れられずにバッシングされてしまうのではないかという不安もあった。(朝井リョウも賞を取った時か映画化した時に「もっと大きい槍(作品を批判する槍)が飛んだ音がした」的なことを言って、それが頭に残っていた)

 

けどそれは今のところ杞憂に終わりそうだ。まだ公開三日目だけど、FilmarksやSNSを観る限り結構な人たちが受け入れているようで一ファンとして普通に嬉しかった。

 

映画はけっこう、というかかなり良かった。小説と異なる箇所が幾つかあったけど、それが映画「正欲」としては良い方に作用していたように思う。

 

 

【原作との違い① 性的嗜好が明らかになるタイミング】

原作では物語が大分進んだところで桐生夏月(ガッキー)の性癖が明らかになるのだが、映画版では最初の数分でそれが明らかになっていた。それが良かった。これら2時間の顛末をすんなり理解させるという点でかなり効果的だったと思う。最初の音がウォーターサーバーから水が零れ落ちる音から始まり、寿司屋の水槽を経由して、夏月の部屋での自慰場面へと繋がる。性欲や快感の高まり具合を表情のみならず水位の上昇で表す最初のシーンが視覚的に異質で、(言ってしまえば)普通じゃない秘め事を抱えた人間というのが数分で分かるのが良かった。あれは小説では表現できない。部屋が真っ暗でベッドだけ浮いた状態なのも、鴨が水深へと潜っていくような原作の表紙と重なってかなりグッと来た。てかあの表紙、鴨が潜る途中だと思ってるんですが合ってるよね?

 

【原作との違い② 神戸八重子という特別な人物の描き方】

「正欲」は人間の性的嗜好には「マジョリティ」「理解されるマイノリティ」「理解されないマイノリティ」が居ることを明示した上で、作中人物にそれぞれの性的嗜好を付与している。ただ「理解されるマイノリティ」として出てくるのは一人しかおらず、それが神戸八重子という人物だ。彼女が抱えている異常性は「男性嫌いだけど男性を好きになってしまう」というものだ。原作ではもっと、AV観てる男キモイとか、エロい目で身体観られるのマジムリみたいな(諸橋にとって)最も軽蔑の対象になるような浅い人間だったように思うが、劇中ではかなり切に迫った激情を伴って諸橋に告白をする。

 

ここでの告白はそれまでの1時間で諸橋や夏月が抱えている「理解されないマイノリティ」を持つ人たちが一番言いたいことなんだけど、それを「理解されるマイノリティ」側の神戸に言わせるのが映画版で一番喰らった場面だった。同じマイノリティでも決定的に異なる二人がいて、神戸にそれを言わすんか~という二重構造が非常にグロテスク。あそこの東野絢香さんの演技、マジで良かったな~

 

「自分に正直になって」と歩み寄ろうとする神戸に、諸橋は「自分に正直って言うけど、その正直の部分が終わってるからそれは無理」と切り捨てるが、前述した告白を受けて自分の本音を僅かに見せる。その後の感謝の一言も含めて救いポイントになっていて、映画を観ている人たちの精神状態を上向きにしてくれていた。自分は原作の神戸のうっっっっすいマイノリティ理解が現代社会を最高に皮肉っていて好きだったので神戸の変貌具合には少し落胆したが、映画版独自の温かみを感じられて納得できた。よかったな諸橋。神戸も頑張って生きような。でも神戸、男嫌いなのは分かるけどもう少し人間みたいな見た目しても良いんじゃないか。普通にホラー映画かと思ったぞ。

 

【その他気になった点】

・原作版で好きだったパンチラインがカットされていた(「なんか人間って、ずっとセックスの話してるよね」「そんなの私の考えることじゃないでしょうよ」)。でも後者に関しては映画の暴力性や、メッセージ性の散らかりを抑えるのもあったし、寺井が「自分が異常なのか…?」と気が付いて終わるエンドの邪魔をしてない点で良いと思えた。でも前者はマジで一番喰らったパンチラインだから入れてほしかった。

・「ダンスの音源、チコカリートの声に似てるな…」と思ったらチコカリで笑った。売れてて嬉しい。

・プロポーズのシーン、めちゃくちゃ良かったね…

・エンドロールのVaundy、最初のピアノイントロのAメロはめっちゃ良かったのにサビで大声張り上げたから余韻が冷めてしまった。歌詞はかなり良いし曲も悪くは無いんだけどエンドロールにはあってなかたちゃうんかな~~~

・寺井と夏月が道端で偶然会う場面があったのは映像特有のものだな~と思った。最後のシーンで二人の因縁が付与されるし、普通に人妻に見えていた夏月が小児性愛者の夫を庇い、「居なくならないから」と言い放つのを見て、「なんやこいつ…いやおかしいのはワイか……………?」と呆然としてるのがかなり良かったな。40超えて自分の常識を改編される寺井に俺は同情するよ。お前も大変だよな。

・夏月と佐々木の同級生の男こと西山、デリカシーの無い正直者として出てきたのだが、案の定渡辺大知で笑っちゃった。彼女が好きなものは、勝手にふるえてろに続いてまた俺の推しがデリカシーの無い無礼者の役してる……………

 

ともあれめちゃくちゃ面白かった。語りたいから全員観てください。おわり。